御願塚古墳を見に行ってきました 行基さんの立像もありました

御願塚古墳を見に行ってきました。

場所は阪急・稲野駅そばにあります。歩いて5分ぐらいだったと思います。
古墳の場所が神社になっており、そこに祭られているのが天皇と言う事で
天皇陵との考えもあったようですが、発掘調査の結果、豪族の物と判った古墳です。

塚口古墳群と言われるように古墳が多数見ることが出来たようですが
宅地造成に伴い消失しています。この古墳にも陪塚が4つあったようです。
その4つの塚には石碑のみあると言う事でしたが、見つけること出来ませんでした。



形は帆立貝式になっており、くびれの部分には先に動画にした今城塚古墳の様に
儀式を行う場所があるようです。動画ではよく見えませんが説明板にそのようなことが
書いてありました。もうちょっと現場でしっかり説明板を読み、動画に撮ってこないと
駄目ですよね?反省しております。

現場で気になった鴨3羽もあまり映っていませんでした。残念。
結構な時間、鴨にカメラを向けているつもりだったのですが、つもりではダメですね!!

綺麗に選定された木々があり、古墳の形がよく分かりました。
これだけよく整備されていて、神社にもなって居ることから
消失を免れることが出来たんでしょうかね?

さらにこの古墳が5世紀って事なのでその後、奈良の大仏さんを作るにあたっての
責任者さんになることになる行基さんが開墾完遂祈願の場所として
この場所を選んだと言う事から伝え、伝わって保存に影響したのかもしれません。

この辺はネットで調べても出てきませんでした。
しかし、ほんと、何百年もその場所にあったものでも
あっという間になくなってしまうのですね??

生きていくには仕方のないことなんでしょうけど、ちょっと寂しくなります。

さて、この行基さん、奈良時代にしては結構な距離を歩き回ったようで
日本全国に伝説やお寺、灌漑用水などを残していっています。
近畿地方が多いようですが伝承はほんとに日本全国にあるようです。
これらの場所もおいおい見に行ってみたいと思います。

ここを見ている間でも、近くの昆陽池がそうであることを聞くことが出来ましたし
阪急宝塚線の中山観音駅近くの神社にも行基さんの話があるそうです。

奈良の大仏の人って覚えがあったのですが、ここの古墳でも神社
行基さんの話がある場所も神社。仏の教えをして回ったものだと思ったのですが
ちょっと違うんでしょうか??それとも明治の分離政策の折に
何かあったのですかね??お寺でないのが不思議です。

そういえば、堺の方には行基さんが作ったと言われる土塔がありますよね?
日本のピラミッドと言われているはずです。ここまで記事にして思い出しました。
しまった、百舌鳥古墳群のカードを集めている間に、この土塔も見に行っておけば
良かったんですね!!ここにきてまさかの私の中での行基さん登場だったので
今まで失念していました。

ま、百舌鳥古墳群カードも博物館のカードを貰い損ねていますので
また、行かなければいけない場所なので、その時に見に行ってみたいと思います。

自分の中では邪馬台国は九州にあってそれが中央の奈良にまで移動してくるのに
300年ほどかかって大和朝廷になったと思っていたのですが
なんか違う感じもここ最近してきました。

結局、邪馬台国ってどこにあるのか決まったのでしたっけ??
その辺も含めて日本史の勉強し直しでしょうか??
私が学校で歴史を学びだしてからもう約30年程経ってしまっています。
もしかしたら私の当たり前から変わってしまっているかもしれませんね??
そもそも、何度か記事に書いていますが
私は何故、日本史って「古事記」「日本書紀」から始まるのだろうって
ほんとに不思議に思っているところが有ったので
この辺が変わっていると面白いんですけどね。

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行基と歩く歴史の道

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