岩槻城跡公園に行ってきました

今回は岩槻城跡に行ってきました。
現場に行ってみると、胡淵として綺麗に整備されていて
城跡としてみることは出来ないのではないかと
心配してしまいましたが、門などが保存されており
見に来てよかったと、思える場所でした。



公園では、まず、からくり時計が出迎えてくれるのですが
残念ながら、時計としては動いていますが
からくりは故障中とのことでした。

しかし、このことにより、この町が、人形の街という事を
知る事が出来ました。

この城跡公園を見学した跡、城下町だったところや
藩校跡を見に行ったのですが、その道中にも
人形店や人形をモチーフにした置物を目にしたので
この人形の街という予備知識は、持っていて良かったです。

ちなみに、この藩校跡の名前は「岩槻藩遷喬館」って言います。
こじんまりしているのかな??って思ったのですが
思ったより、広い場所でした。

私の中で、2万石の大名って、小さいと誤解していたんだなって
思いましたね。

お城も、2万石だし、天守閣が元々ない城だから
たいした遺構は無いと思っていましたが
堀があったり、先に記述させていただいた、門
裏門・黒門などが保存されていて見ごたえ十分ですよ。

しかも、公園も思ったより大きくて
堀だった部分の説明図などもあって、城の遺構がどこにあるのか
判り易い公園でした。

ただ、土塁などは城の周りにあったようですが
そこは、住宅地になっており、唯一、土塁の上に建てられた
神社が残っているぐらいでした。

こういうのを見てしまうと、昨年見に行った
忍城の水攻めの時に使われた土塁が
今の時代まで、良く残っているなって
感動してしまいます。



豊臣秀吉さんの小田原攻めの時には
2000人で20000人の軍に抵抗し、半分以上の犠牲を出しながら
降伏開城したお城です。

そう思うと、この周辺も、戦場だったんでしょうね。

まだまだ、お城の遺構や縄張りなどの見方が判っていませんが
これからも、城跡巡りは、続けて行こうと思います。




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