戦没した船と海員の資料館に行ってきました

戦没した船と海員の資料館に行ってきました。
場所は神戸です。
元町駅から海側へ下ったところにありました。



普段、私の動画を見て頂いている方からしたら
今更なんですが、軍艦しか見ていませんでした。

しかし、その軍の動きを支えているのは
補給なんですよね。食料・燃料、そして、弾薬。
この輸送中に攻撃を受けた記録が展示されています。

太平洋戦争時にその任務に就いていた船
7千隻以上で、船員の年齢は14歳以上って言うのに
ちょっと、衝撃を受けましたね。

それら商船の護衛はあまり考えておらず
末期に海防艦が作られたが、速度が護衛する商船よりも遅く
船団の速度を落とす必要があったって記述には
思わず、泣きそうになってしまいました。

資源と技術不足って言うのは、深刻だったんでしょうね。
鉄が無くなった時に造られた、コンクリート船の説明もありました。

館内の撮影の了解は得られたのですが
これは、ここに通って見なければいけないと思って
遠くからの撮影のみにしてしまいました。

ここはもっと有名になって
見学者が増えないと駄目な場所ではないでしょうか??

よくある、戦争反対や強制収容などの文言は無く
実際に起こったことや記録、遺品が
整然と並べてありました。

なので、恐怖と言いますか、悲惨さがリアルに感じられて
時間が経つのを忘れてしまいました。

残念なのが平日のみの開館なんですよ。
土日も開いていれば、もうちょっと、見学者も増えて
戦争の悲惨さを感じる事が出来るんではないかと思いますよ。

この周りには、機銃掃射の跡が残っている建物もありますし
JRと阪急の駅を繋げている歩道からも
機銃掃射の跡は残っていますし、阪急の駅のホームの屋根には
焼夷弾が開けた穴を修理した後が多く残っていますから
こういう物も合わせて宣伝とは言いませんが
なにか知らしめる方法が有ったらなぁなんて
簡単に思ってしまいました。



でも、ほんとに、ここはいろいろ考える
考えさせられる場所でした。

ちょっと、簡単に戦跡巡りをし過ぎですかねぇ??
もっと、重い気持ちを持った方が良いかもしれませんね。

ただ、驚いたのが、国家総動員法の元で動員されたのは
50歳までだったんですね!!

私現在50歳です。もし、有事の際には
声が掛かるかどうかの瀬戸際年齢だったんですよ。
これにも驚きました。50歳
14歳の子は招集されるのに
50歳は判らないのかぁって
なんか寂しい気持ちになりました。

ま、それだけ悲惨な時代だったって事ですよね。
このような事が今後、起きないことを願いながら
帰路につきました。

さて、もし、この記事で紹介している動画が
良いなって思った方が居られましたら
良いねボタンを押したり、チャンネル登録をお願いします。
動画作成の励みになります。よろしくお願いします。






この記事へのコメント


この記事へのトラックバック

スポンサードリンク