山陽電鉄・浜の宮駅周辺を散策 陸軍航空通信学校尾上教育隊跡 陸軍航空隊第百十四教育飛行連隊発祥之地 加古川飛行場 高射砲道路 引き込み線跡

山陽電鉄・浜の宮駅周辺を散策してきました。
この駅傍にある浜の宮公園には
陸軍航空通信学校尾上教育隊跡があります。
建物などは無かったのですが
建物の基礎だと思われるコンクリートが
あちこち地面から顔を出していました。



ただ、この石もそうなのかな??って見たら
なにやら神社っぽい字が書いてあったりしたので
隣にある神社の鳥居の一部だったりするかもしれません。
その辺の区別がしっかり出来るようになってから
もう一度、行きたい感じもしますね。

あと、保存って言うても、置いてるだけって感じがします。
他にも廃線跡の遊歩道にもこのあと行ったのですが
信号とかポイントの切り替え器などが
錆びだらけ、蔦だらけだったので
このあたりの史跡の扱いって
こんな感じなのかもしれません。

遠くから見学に行くとがっかりするかもしれませんよ。
公園の南側入り口には

陸軍航空隊第百十四教育飛行連隊発祥之地 
陸軍航空通信学校尾上教育隊跡

を示す石碑があったのですが、そこも雑草と言いますか
草だらけでした。
とはいえ、基礎の大きさとかを見る事が出来ましたので
訪問してよかったと思っています。

そして、その後、今度は加古川飛行場跡の石碑を
見に行ってきました。
別名もあって、三角飛行場や尾上飛行場と
言われていました。

ここは石碑だけって知っていましたので
その石碑と説明書きを見るだけに留めました。
公民館で資料を常設していると聞いていたんですが
朝早くて忙しそうな方たちばかりでしたので
声を掛ける事なく、その場を離れました。

また、ゆっくり常識的な時間に訪問させてもらおうと思います。

そして、また、山陽電鉄の駅の方に歩きだしたのですが
この時に利用させて頂いたのが高射砲道路です。
加古川飛行場と北の方にあった高射砲聯隊とを
結んでいた道路をこのように呼んでいたそうです。

JRの線路まで北上するとそれにちなんだ名前が付いている
橋などが残っているそうなんですが
今回は時間が無いので諦めてしまいました。
ちょっと、その道路を歩いてみて
当時の景色なんかを想像してみました。

そして、国鉄の線路から加古川飛行場までの
引き込み線を作る予定だった場所も見に行ってきました。
ここはほんとに予定だけで、実際に線路を引く前に
終戦を迎えてしまったとのことです。
その時の土地がちゃんとフェンスに囲まれて残っているのが
凄いと思いましたね。ここもまた、時間が有るときに
どこまでこの予定地が残っているのか
歩いてみたいですね!!

国鉄高砂線尾上駅跡地のモニュメントなんかもありましたよ。
そういえば、ここは綺麗でしたね。

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